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大阪高等裁判所 平成3年(う)510号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告会社新田汽船株式会社及び被告人新田仲博の本件各控訴の趣意は、弁護人大槻龍馬作成の控訴趣意書及び同補充書各記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する(主任弁護人は、控訴趣意第一点として「法令違反」とあるのは、法令適用の誤りを主張するものであり、同趣意書八丁裏終わりから四行目から三行目にかけて「理由不備」とあるのは独立した主張ではなく、法令の解釈の誤りを主張するものである、と述べた。)。

そこで、所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して検討する。なお、摘示する法律、政令等の条項は、特に断らないかぎり、本件当時施行のものである。

第一  各控訴趣意中、法令適用の誤りひいては事実誤認の主張について

一  関係証拠によると、本件の事実関係は、おおむね原判決の認定しているとおりであって、以下のとおり認められる。

1  被告人新田汽船株式会社(以下「被告会社」という。)は、海運業を営む株式会社であり、被告人新田仲博(以下「被告人新田」という。)は、被告会社の代表取締役として、その業務全般を統括している。

2  被告会社は、海員組合との協定に対応するため便宜置籍船の保有など経費節約のため、タックスヘイブンの伝統があり、船籍取得手続きの容易なパナマ共和国(以下「パナマ国」という。)に本店所在地を置くいわゆるペーパーカンパニーの子会社を設立することとし、昭和四七年八月二五日クラウンシッピングエスエス、昭和五〇年一二月二日サリバンシッピングエスエス、同月五日キングフィッシャーシッピングエスエス、昭和五五年四月八日ガーデニアパナマエスエス及び昭和五六年二月一二日コーンフラワーシッピングエスエス(以下いずれも「エスエス」を省略して表示する。)を順次設立し、そのころ、その旨の登記がなされた。

3  その設立に関する手続・方法は、①被告会社が一件数十万円程度の費用・謝礼を立て替えるなどして神戸市内にある代理業者に依頼して代行させ、②代理業者がパナマ国の弁護士等各二名を発起人に立て、発起人において申し込むことにより引受けを承諾した議決権普通株式数を各一株とし、役員を被告人新田又は被告会社の関係者とすることなどを内容とする定款を作成の上、現地で登記を済ませた後、各発起人から、定款を含む設立関係書類等のほか、発起人の前記株式に対する権利をすべて売却、譲渡、移転する旨の同人ら作成名義の宛て先を白紙とする譲渡書を被告会社に送付させた、③被告会社では送付を受けた定款その他の会社設立関係書類をすべて会社の事務所に保管していた、というものである。ちなみに、パナマ法では、株式会社設立に必要な発起人は二名で足り、設立には、各発起人において引き受けることに合意した株式の数等を記載した定款の登記があればよく、わが商法の規定する株式の発行や払込みは必要でない。

4  キングフィッシャーシッピングについては、設立後の昭和五一年一〇月二〇日、議決権普通株式二〇〇株が発行され、引き受けることに合意されていた株式二株の全額(全資本金額)二〇〇ドルが被告人新田の名義で払い込まれた。また、キングフィッシャーシッピングは、昭和五五年五月一六日ガーデニアパナマの資本金額五〇〇ドルを払い込んだ。しかし、前示海外子会社五社のうち右二社以外については、このような払込みはない。

5  右の各子会社については、パナマ国内には事務所もなく、従業員もおらず、業務は、もっぱら被告会社の役員や従業員が担当していた。

二  原判決は、おおむね以上のような事実関係の下において、被告会社は右の子会社五社(以下「本件子会社」ということがある。)につき、租税特別措置法(以下「措置法」という。)六六条の六第一項所定の「発行済株式」の全部を保有しており、したがって、本件子会社は同条項にいう特定外国子会社(以下「特定外国子会社」という。)に該当する旨判断した。これに対する控訴趣意について以下判断する。

1  まず、所論は、本件子会社は、形式的ないわば借名(ダミー)に等しいペーパーカンパニーにすぎず、特定外国子会社に該当しない、という。

しかし、措置法六六条の六は、同条一項所定の外国関係会社が所定の軽課税国に本店又は主たる事務所を有する場合に、これを特定外国子会社等と定義して適用されるものであるが、もともと、同条は、内国における税負担の公平を図るため、軽課税国にペーパーカンパニー等を設立して、その事業を実質的に支配するなど、いわゆるタックスヘイブンを利用した租税回避に対する規制として、実質所得者課税の原則を定めた法人税法一一条あるいは、法人格否認の法理などの適用では制約や限界があることから、これらによることの可能な場合も含め、その適用対象と課税要件を明文化したものである。したがって、形式的に右の要件等が充足されている以上、所論のいうペーパーカンパニーであっても、適用上これを除外する理由はないと解するのが相当である。また、特定外国子会社等設立の主たる目的が、所論のように、海員組合との協定に対応する便宜置籍船の保有などにあったとしても、結果として、これを利用した租税回避が行われた以上、措置法六六条の六以下の規制を免れることはできない。更に、この規制措置は、所論のように子会社間の損益通算を認めないなど所得計算の方法において法人税法一一条が適用された場合と異なる点のあることは否定することができないけれども、この規制措置は、本来、当該内国法人に配当として分配されるべき子会社の所得について、分配を実現させるだけの支配力がありながら、海外子会社に留保所得として蓄積している点を租税回避とみて是正することを内容とするもので、もとより連結決算や連結納税と性質を異にするものである。そして、こうした規制の内容を全体としてみると、その課税ひいては所得計算の方法が不合理であるとは思われず、措置法六六条の六が違憲であるとはいえない。以上と異なる所論は独自の見解であって採用することができない。

2  次に、所論は、措置法六六条の六第一項は外国関係会社の発行済株式につき一定の割合以上を保有する内国法人に対して適用されるものであるところ、本件子会社のうちキングフィッシャーシッピングとかガーデニアパナマを除く三社については、どこからも資本の払込みがなく、したがって同社らには同項二号にいう発行済株式がないから、被告会社は、右の内国法人に該当しないし、もとより右の子会社三社が被告会社の特定外国子会社ということはできないし、右の「発行済株式」の意義につきパナマ国の会社法に従って解釈するとしても、同法における「発行済株式」とは、単なる株式の引受では足りず、払込みの完了によって実現すると解すべきである、などと主張する。

そこで、考察すると、措置法六六条の六第一項は、内国法人の外国関係会社に対する支配関係を判定するための要件について、外国関係会社の発行済株式の総数又は出資金額(以下「発行済株式等」という。)を基準とすべきことを定めている。しかし、前示のようなこの制度の趣旨から考えると、その支配関係の有無は形式上、名目上のものではなく、子会社の収益や資産を実質的に支配し得る地位の有無という観点から判定されなければならない。加えて、措置法六六条の六が発行済株式に限らず、出資金額までも判定の基準に加えていることにかんがみると、右にいう「発行済株式等」とは、外国関係会社を支配し得る単位化された物的持分としての法的地位を指すものと解するのが相当である。そして、内国法人がこうした法的地位を取得しているかどうかは、外国関係会社の設立準拠法のほか、定款や会社規則等の具体的事情を個別的に考慮し判定すべきものといえる。したがって、以上の点に関する当該外国の法制に、わが商法と異なる部分があるからなどといって、そのことゆえに、措置法六六条の六の適用が除外されるというのは相当でない。

そこで、パナマ国の会社法によると、①パナマ法による株式会社は定款の登記によって設立手続を終えるもので、株式の発行・引受・払込等は必要的ではない(六条)、②資本の額、発行される株式の数や種類のほか、各発起人が引き受けることに合意した株式の数等が定款の必要的記載事項とされている(二条)、③株式発行前の定款の変更は、発起人の全員と株式の引受を承諾した者の全員によって署名されれば、可能である(九条)、④株式は、分割払込みが可能であるほか、払込前であっても発行することができるし、株金の払込は、金銭のほか労務、役務などでもよい(二一条)、などとされている。以上のほか、その余の規定を併せ検討すると、パナマの株式会社については、払込前でも株式の発行はできる上、株式の発行前においては、株主は存在しないものの、発起人及び株式の引受を承諾したものないしその地位を承継した者が会社を支配しうる単位化された物的持分としての法的地位を保有していると解することができる。

そうすると、前示認定の事実関係によれば、被告会社において右の法的地位の全部を取得していることは明らかであるから、前示の海外子会社三社は被告会社との間で措置法六六条の六第一項にいう特定外国子会社に該当するものといえる。

3  また、新田仲博の名義でキングフィッシャーシッピングに払い込まれた前示の二〇〇ドルについて、原判決は被告人新田が被告会社のため代わって立て替えたものであると認定しているところ、所論は、立替えでなく、被告人新田が個人として払い込んだものであるから、キングフィッシャーシッピング及びこれから五〇〇ドルの払込を受けたガーデニアパナマの二社については、被告会社の特定外国子会社に当たらない、と主張する。

確かに、キングフィッシャーシッピングの二〇〇ドルについては、性質は別として、被告人新田が払い込んだものであることは所論のとおりである。しかし、前示一・3で認定したように、その払込時期は設立時ではなく、設立後のことであり、設立に関する費用は被告会社において立替え負担し、前示の譲渡書を含む設立関係の一件書類も、被告会社の事務室に保管されているのであって、これらの書類が右の払込によって被告会社から被告人新田に譲渡された形跡もない。また関係証拠によると、一部は原判決の認定にもあるように、右の設立に関する費用はキングフィッシャーシッピングのほかサリバンシッピングの二社分を合計して五七万円になるところ、それが被告会社の公表帳簿に、昭和五一年一月三一日、設立手続を依頼した大和サービス株式会社に対する仮払金としていったん計上された後、同年四月一三日架空経費として計上精算されていること、関係会社との各種取引が契約上も、キングフィッシャーシッピングが被告会社の一〇〇パーセント子会社であることを当然の前提とされていること、キングフィッシャーシッピングの経理・船舶の運航管理その他日常業務はすべて被告会社の社員や従業員が行い、他方、被告会社の経費(社員旅行費、労働手当・雑費等)がキングフィッシャーシッピングの経理から支出されていることなどの事実が認められる。以上によれば、キングフィッシャーシッピングは被告会社の一〇〇パーセント子会社であり、したがって、これから五〇〇ドルの払い込みを受けたガーデニアパナマも同様一〇〇パーセントの子会社であると認めるのが相当であり、設立後になされた前記二〇〇ドルひいては五〇〇ドルの払い込みによって右の認定が左右されるものとは思われない。

被告人新田も、捜査段階において振替伝票の写しを示し、被告会社において支払うべきであるが、その額が日本円にして僅か数万円にすぎない少額であった上、形式的なことであったから、立替え支払ったところ、そのままになっていたにすぎない旨供述している。そして、関係証拠によると、本件発覚後ではあるが、被告会社では、昭和五九年五月七日被告人新田に対し立替え分の返済として四万五四八〇円を支払った旨経理処理がなされていることが認められる。こうした被告人新田の供述や被告会社の経理処理は当然のこととして是認することができる。

これに対して、被告人新田は、右二〇〇ドルの払い込みについて、原、当審公判において、被告会社に万一の事態が発生しても、その波及を防ぎ父祖の事業を継続させるため、キングフィッシャーシッピングを被告人新田個人の事業とすべく、あえて個人が払い込んだものである旨弁解するが、こうした弁解は、前示認定の事実関係に照らして到底信用することができない。

4  以上の次第で、本件子会社は、いずれも被告会社との関係で特定外国子会社に該当するといえる。この点に関する原判断には、一部異なる点があるけれど、結論において正当である。

三  租税法律主義違反の主張(その一)について

1  原判決は、租税特別措置法施行令(以下「施行令」という。)三九条の一四第五項(現行三九条の一五第五項)を根拠として、被告会社の昭和五五年八月一日から同五六年七月三一日までの事業年度における特定外国子会社の課税留保金額を含む所得金額の算定に当たり、サリバンシッピングの昭和五三年一二月三一日に終了する事業年度の欠損金二四万二六八三ドルを控除せず、その理由中で、施行令の右条項は措置法六六条の六第二項二号の委任に基づき措置法上の当然の解釈を明らかにした解釈政令であるから、租税法律主義に違反しない旨判示した。これに対して、所論は、サリバンシッピングについては、少なくとも、昭和五三年四月一日以降同年一二月三一日までの九箇月間の事業運営は新制度下で行われたのであるから、この間に発生した欠損金額の控除を認めるべきであって、これを命令にしかすぎない施行令によって規制するのは、租税法律主義に違反する、と主張する。

しかし、措置法六六条の六の規定は、前記説示のとおり、法人税法一一条等による課税処理に制約や限界のあることから新設されたものであるから、特段の規定がない以上、遡って適用されるべき性質のものではなく、法人の所得計算が事業年度を期間の単位としてなされる性質のものであることなどにかんがみると、措置法六六条の六の施行後に開始された事業年度から課税対象となるのであり、まして、そのうちの欠損金額についてだけ遡って繰り越し控除を認めるべきものでないことは、むしろ当然の事柄といえる。そして、措置法六六条の六を新たに加えた昭和五三年法律第一一号租税特別措置法及び国税収納金整理資金に関する法律の一部を改正する法律第一条によれば、措置法六六条の六は昭和五三年四月一日から施行すると定められているから、同年三月三一日以前に開始された事業年度については、措置法六六条の六を適用しないこととするのは当然の解釈であって、施行令三九条の一四第五項(現行三九条の一五第五項)はこれを明文で規定したものにすぎず、何ら租税法律主義に違反するものでないと解するのが相当である。したがって、サリバンシッピングの昭和五三年一月一日から始まる事業年度の欠損金額を控除する余地のないことはいうまでもなく、さらには、一事業年度の一部分にすぎない五三年四月一日以降同年一二月三一日までの九箇月間の営業における欠損金額の控除を認めるべきであるとの所論も、独自の見解であって、採用することができない。

四  租税法律主義違反の主張(その二)について

所論は、被告会社の昭和五七年七月三一日及び同五八年七月三一日に各終了の事業年度における特定外国子会社の課税留保金額を含む各所得金額の算定に当たっては、サリバンシッピングの昭和五六年一二月三一日終了事業年度の欠損金額並びにアザレアシッピングカンパニー(本件起訴対象外)の同五八年七月三一日までに完了する過去三年間の事業年度の各欠損金額を、いずれも同年度の他の特定外国子会社の利益に通算すべきであるのに、原判決がその損益通算を認めなかったのは、同様、通算を認めない措置法通達六六の六―五に添ったものであって、法人税法一一条の実質所得者課税の原則を逸脱するほか、同法二二条一項ひいては憲法八四条、三〇条に違反する、というのである。

しかし、措置法六六条の六は、前示の趣旨から、租税負担の公平を図るため新設されたもので、特定外国子会社の法人格を否認することなく、その社内に留保された利金を親会社である内国法人の所得に合算して課税するものであって、特定外国子会社に発生した欠損金額については、翌期以降に繰り越され、その後に発生する利益から控除され、その限度で親会社に合算される留保金額の算定に影響するにすぎず、もともと法人税法二二条を適用する余地のないものである。また、所論の通達の規定もその当然の解釈を明確にし、その取扱を定めたものにすぎない。したがって、所論の措置法通達ひいては損益通算を認めなかった原判決に所論の違法違憲は認められない。

五  船舶の減価償却に関する主張について

所論は、ガーデニアパナマ及びコーンフラワーシッピングにおいては、昭和五七年と五八年の各事業年度の決算処理に当たり、その各保有船舶につき本来事業用資産として減価償却ができたはずであったのに、当時これらの所有権が他に留保され、リース契約により貸与を受ける形で管理されていたため、減価償却はリース会社のほうで行われるべきもので、被告会社ではできないと誤信し、したがって、リース料だけ損金に計上していたのであり、これは錯覚による帳簿処理上の誤りにすぎないから、商法の意図する会社経理の健全性ひいては減価償却の原則実施の見地からも、こうした場合には、減価償却は任意償却であるとする法人税法上の原則をそのまま適用することはできず、減価償却を認め増額して損金控除がなされるべきであって、原判決が法人税法上の原則に従って減価償却による増額を認めなかったのは誤りである、というのである。

しかし、措置法六六条の六ひいては施行令三九条の一四第二項三号(現行三九条の一五第二項三号)により、措置法六六条の六第一項の「課税留保金額」の計算にも適用される法人税法三一条は、法人の減価償却につき償却費を損金に計上することができるのは、当該法人が損金経理をした金額の範囲内に限られているところ、法人の減価償却がいわゆる内部取引事項であることや、画一的に判定すべき税法上の要請にかんがみると、たとえ、損金経理をしなかった理由が所論の事情による場合であっても、法人税法三一条の適用を除外するのは相当でないと解すべきである(ちなみに、関係証拠によると、所論の錯誤は、オリエントリースの担当者の話を信用したというのであるが、本件減価償却の対象資産となる船舶のリース会社は三井リースであったところ、同社の担当者から説明を聞いたことはなく、まして被告会社の顧問税理士に確認を求めた事実もないことが認められる。)。所論は、独自の見解であって、採用することができない。

六  為替差益の発生に関する主張について

1  関係証拠によると、この点についての事実関係は、おおむね原判決の認定しているとおりであって、以下のとおり認められる。すなわち、キングフィッシャーシッピングにおいては、昭和五三年二月三日、ニチメンヨーロッパからドル建で五〇四万二〇〇〇ドルを借り入れ、月々の分割返済の後、その借入金残高三六〇万二〇〇〇ドルについて、同五六年二月五日、同社からの円建借入金七億一五二八万五一六〇円に切り替えた(当該日の為替相場一ドル=一九八円五八銭)。その後、月々分割返済を続けた後、同五六年六月五日、その時点での残債務六億九一四五万五五六〇円の金額につき、伊予銀行神戸支店からの円建借入金六億九〇〇〇万円と自己資金をもって一括返済し、ニチメンヨーロッパからの借入金は零円となった。しかし、キングフィッシャーシッピングの帳簿上では、昭和五六年二月五日円建借入金に切り替えた後も、ドル建借入金として表示されていて、月々の返済金をドルで行った上、返済したドル貨金額をそのまま借入金の返済金額として処理していた。昭和五六年六月五日の一括返済日における為替相場は一ドル=二二二円七〇銭であったから、円建の一括返済額及びその直前の借入金残高をそれぞれドル建で換算すると、三一〇万四八七四ドル五四セント、三四八万八七六七ドル三七セントとなって、その差額は三八万三八九二ドル八三セント(円換算八四四九万四四二七円)となる。この差額について、原判決は為替差益が発生したことになると認定判断した。

2  所論は、右の借入金について、キングフィッシャーシッピングがクラウンチェリーの買船資金として、昭和五一年ニチメンヨーロッパから一〇九六万ドルを借り入れ、長期にわたる分割返済を続けることとしたもので、もとより短期外貨建債務には該当せず、その換算方法は法人税法施行令一三九条の三第一項二号により取得時換算によるべきところ、途中昭和五三年二月、ニチメンヨーロッパ(ドル建)及び住友信託銀行本店(スイスフラン建)の二社からの借入れに変更し、その後更に前記1のような借入れに切り替えたもので、同じ債務者であるキングフィッシャーシッピングがクラウンチェリーの買船資金を継続的に分割返済し、今後も引き続き売船に至るまで返済を続けようとするものであって、その通貨は同じユーロ円であるところから、債権者が変わったというだけで、右のような借り替えによって、税法が所得を構成すると考えるような為替差益が生ずる余地はなく、被告会社の事務担当者である大島康幹も右の処理が正しいと信じて事務処理をしてきたものであるから、為替差益ほ脱の意思もない、と主張する。

しかし、たとえ、所論の借入れが長期継続を意図してなされたものであるとしても、その途中で借り替えがなされしかもそれが債権者に変更があった場合には、借り替え前の旧債務は消滅し、新債務が発生したもので、いわゆる決済取引があったものとみるべきであるから、その際に発生した為替差益は、期末決算の時における単なる換算差益でなく、決済取引により現実に発生した決済差益であるといわなければならない。換算方法に関する所論は、期末決算時における換算差損益計算についてのものであるから、本件に適切とはいえない。

また、関係証拠によると、被告人新田ひいては被告会社では、キングフィッシャーシッピングの所得については、もともと確定申告をする意思が全くなかったことが認められるから、個々の具体的取引やそれによって生ずる利益ないしはその点の帳簿上の処理の実際について、一々認識していなくても、ほ脱の犯意に欠けるところはない。また、本件において、ほ脱の犯意を阻却すべき特段の事情も認められない。

七  雑損失に関する主張について

所論は、被告会社の総務部長大島康幹において、その管理する本件子会社のうちキングフィッシャーシッピング、ガーデニアパナマ、コーンフラワーシッピングのほか、特定外国子会社とされるアザレアシッピングカンパニーの四社の各資金のうち、昭和五四年八月九日ころから同五八年六月八日ころまでの間に前後一三回にわたり合計五七二万五三七四円を横領しているので、それぞれの横領金を右各社の当該事業年度の雑損失として所得から控除すべきであるのに、原判決がおおむね横領の事実を認めながら、右事業年度における損失として考慮できないとしているのは、法令の適用を誤り、事実を誤認したものである、と主張する。

そこで、検討するに、所論のアザレアシッピングが本件の対象外であることを別としても、関係証拠によると、おおむね所論のような横領の事実を認めることができる。そして、こうした被害については被害者の認識の有無にかかわらず、損害賠償請求権が発生しているとみるべきであり、それが債務者の無資力その他によって、その実現不能が明白となったときに損金となると解すべきである(最高裁判所昭和四三年一〇月一七日判決、裁判集九二号六〇七頁参照)。この点について、原判決は「被害者は、その横領した者に対し少なくとも損害賠償請求権を有していて、この損失にとって替わる利益が存するのであるから、その請求権行使がほぼ不可能になるなどの事情により、被害者がこの請求権を放棄するまでは、右利益を無視してこれを損失一方に考慮すべきではない。本件においては、大島の右不正は、……本件で問題となる事業年度の終了(昭和五八年七月三一日)までには発覚していなかったことが関係証拠上明らかであるので、前記の請求権の放棄はもとよりなし得ず、従って、前記横領金を弁護人主張のような事業年度の損失に考慮することはできない。」と判示している。この判示は前記説示の限度で相当として是認することができる。

しかしながら、法人税を免れる場合においても、少なくとも刑事上のほ脱事件については、事後的に判断して損害賠償請求権の実現不可能が債務者の無資力その他によって明白となっていた場合には、たとえ被害法人において不正発覚のため損金経理をしていなかったとしても、右の実現不能が明白となった事業年度の損金として計上し得るものと解するのが相当である。この点に関する原判断には一部是認できないものがある。

そこで、関係証拠を検討すると、本件横領当時、所論の大島康幹は被告会社の取締役経理部長の地位にあって、被告会社から相応の収入があったことが認められ、当時すでに損害賠償請求権の実現不可能が明白であったような事情は認められない。現に、同人は本件発覚後解雇されたものの、被告会社では、同人の被告会社に対する退職金をもって相殺する旨の経理処理をしていることが認められるのであって、このことは右の事情を裏付けている。

以上の次第であるから、本件横領による損失を横領発生時点における所論の事業年度の損金として計上することは許されず、所論は採用することができない。この点の原判断は結論において正当であり、原判決に所論の誤りはない。

八  以上の次第で、原判決には所論の法令適用の誤りや事実誤認はなく、当審における事実取調べの結果を参酌しても、この結論は左右されない。論旨は理由がない。

第二  各控訴趣意中、量刑不当の主張について

各論旨は、要するに、いずれも量刑不当を主張し、被告人新田に対しては罰金刑の、被告会社に対しては原判決よりも更に減額した罰金刑の各判決を求めるものである。

そこで各所論にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果も参酌して検討する。本件は、被告人新田が代表取締役社長である被告会社において、いわゆるタックスヘイブンであるパナマ共和国に本店をおく特定海外子会社五社について、昭和五五ないし五七事業年度の三事業年度にわたり、それぞれ措置法六六条の六以下の規定による課税留保金額を除外する行為により、所得を秘匿する等して、実際の所得金額が合計五億八六〇二万七一九一円であるのに、内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、三事業年度で合計して、法人税一億八五五五万七六〇〇円を免れた、という事案である。ほ脱した税の金額は高額であり、ほ脱率も約九一パーセントと高く、被告人新田と被告会社の刑事責任は重いといわなければならない。

そうすると、本税や加算税等すべて納付済みであること、被告人新田については、本件ほ脱行為を除けば、社会人として格別問題のない生活をしていること、前科前歴がないこと、その他各所論や原判決指摘の点及び記録上認められる被告会社及び被告人新田に有利な情状を十分に考慮しても、被告会社を罰金三〇〇〇万円に、被告人新田を懲役八月・二年間執行猶予にそれぞれ処した原判決の量刑(求刑は被告会社につき罰金五〇〇〇万円、被告人新田につき懲役一年)はいずれも相当である。論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小瀬保郎 裁判官萩原昌三郎 裁判官谷口彰)

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